悪々マヌル 後半②

悪々マヌル 後半②

tintin elf

「な、なあ。もう一つ質問なんだが…………マヌル、お前の後ろにいる奴は誰なんだ?」

「はい?」


 マヌルは後ろへ振り返り────────そして、”正面”から飛来してきたナイフを止めた。ティゴが全霊を込めて投げたナイフを摘まんで止めた。


「……視線と言葉で意識を誘導…………ケンシ、中々の演技派ですね」

「でしょう? 私の信頼するパーティメンバーよ」


 どこからか響くティゴの声。彼女が今どこにいるのかマヌルからは認識できない。彼女のスキル『アトムステルス』の効果によるモノだ。

 ──────ケンシとティゴは察していた。どんなに言葉を尽くそうと狂人(マヌル)はきっと自分らを殺そうとする事を。だから二人は無言の内に計画していた。この不意打ちを。


「死ね!」


 マヌルの頭上より降り注ぐ無数の枝葉。ティゴが樹上に移動して工作を行ったのだろう。

 一拍遅れてケンシが突貫。5m以上はあった間合いを一瞬にして詰める。枝葉に視界を遮られたマヌルはそれを止められない。

 ケンシはマヌルに密着してニヤリと笑い──────


「お前の攻撃手段は爆発。だが密着すりゃ爆発は使えねえ。お前も爆風でダメージを受けちまうからな!」

「使えますよ」


 その笑みを直ぐに凍り付かせる。マヌルがフラスコを投げつけてきたからだ。


「!?」


 ケンシは即座に目を閉じて身構え──────しかし、何時まで経っても爆発は来なかった。マヌルが投げたのは空のフラスコだったのだ。

 結果として致命的な硬直を晒す事となったケンシ。ティゴが彼の隙をカバーするように二本目のナイフを放つ。


「おや、危ない」

「~~~!!」


 マヌルは、目の前のケンシを盾にして投擲を防ぐ。鎧を貫き、肉を裂き、骨を断つティゴのナイフは亜音速にも達する。それをモロに喰らった彼は声にならない悲鳴をあげた。


「……!?」


 仲間を撃ってしまい動揺するティゴ。彼女のアトムステルスがほんの一瞬揺らぐ。マヌルはその一瞬で彼女の場所を特定し、爆弾に変えた針を投擲し返す。


「ア……ガッ…………」


 樹上に潜伏していたティゴ、不意の爆破。彼女は成す術なく落下した。ソーンフォレスト特有の異様に鋭く硬い下草が皮膚をブチュリと突き破る。

 斥候という役割故に身軽さを最重視し、これといった防具をつけていないティゴ。彼女の服と皮膚は余すことなく朱に染まった。


「おまっ、お前えええええ!!」


 仲間がやられた怒りからだろうか。ケンシはもげ掛けの左腕を意にも介さず、赫怒の表情で剣を振り上げる。

 マヌルは一切慌てることなく彼を爆弾に変え、爆破した。熱を帯びた余波と光が眼球に当たり、マヌルの目を細めさせた。


「…………」


 戦闘開始から終了まで1分足らず。マヌルは無傷。

 ──────マヌルは表向き、勇者パーティの雑用係という事になっている。しかしそれだけではない。

 勇者を害そうとする人間の積極的な排除、宜しくない相手への”交渉”。勇者の薄暗い部分を一手に引き受ける汚れ役、それが裏の役割。薄汚い仕事をこなす善悪フリーク。それが彼だ。

 裏の役割をこなすマヌルは対人戦のエキスパートである。

「……」

 ”ぬるり”とした風が吹く。マヌルは自身の口元をポンポンと叩いて、自分がちゃんと笑顔のままである事を確認する。そしてケンシとティゴの口に回復液を突っ込む。

 それが終わると、マヌルは忘れ去られた玩具のように立ち尽くした。



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